四国八十八箇所霊場の第六十五番札所 三角寺

三角寺(さんかくじ)は愛媛県四国中央市金田町三角寺75にある高野山真言宗の寺院。由霊山(ゆれいざん)、慈尊院(じそんいん)と号す。本尊は十一面観世音。四国八十八箇所霊場の第六十五番札所。三角寺山(海抜450m)の中腹にありかつてはかなりの厳しい山道を登らねばならぬ難所寺であったという。伊予国最後の札所である。

本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌:おそろしや 三つの角にも 入るならば 心をまろく 慈悲を念ぜよ

寺伝によれば天平年間(730年‐749年)に聖武天皇の勒願により行基が開基したとされる。空海(弘法大師)が来訪した際、本尊である十一面観世音と不動明王を刻み、三角形の護摩壇を築き21日間降伏の秘法を施したとされる。三角寺の寺号はこの護摩壇に由来する。境内には三角の池が残り、そのときの名残とされる。嵯峨天皇が本尊を深く信仰し、寺領300町歩を下賜し、堂塔を建造したとされ、往時は12坊を持ち、七堂伽藍を備えていたという。

天正9年(1581年)の長宗我部元親軍の兵火で焼失し、現在の建物は嘉永2年(1849年)に再建されたものである。

本尊の十一面観世音は子安観音、厄除観音としても信仰されている。妊婦が寺の庫裡にある杓子をひそかに持出し、出産の際に床下へ置くと安産になるという言い習わしがあり、寺では妊婦が杓子を持ち帰るのを見てみぬふりをし、妊婦は安産の後は新しい杓子を持ってお礼まいりにくる習慣がある。また、子宝に恵まれない女性は裏の入口でしゃもじをもらい、自宅に持ち帰り使用して子授けを祈願する。本尊は60年に一度開帳の秘仏となっている


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四国八十八箇所霊場の第六十四番札所 前神寺

前神寺(まえがみじ)は、愛媛県西条市州之内にある真言宗石鈇派総本山の寺院。石鈇山(いしづちさん)、金色院(こんじきいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。四国八十八箇所霊場の第六十四番札所。日本七霊山の1つ、石鎚山(1981m)の麓に位置する。

ご本尊真言:おん あみりた ていぜい からうん

ご詠歌:前は神 後は仏 極楽の よろずの罪を くだくいしづち

役小角によって開かれた霊峰石鎚山(1981m)の麓にあり、役小角が石鎚山で修行を積んだ後、蔵王権現を感得し蔵王権現像を彫り、後に病気平癒を祈願し成就した桓武天皇(782年〜805年)によって七堂伽藍が建てられ金色院前神寺として開かれたと伝えられる。文徳天皇、高倉天皇、後鳥羽天皇、順徳天皇、後醍醐天皇など多くの歴代天皇の信仰が厚かったことでも知られる。

後に空海(弘法大師)も巡錫している。このとき空海は2度石鎚山を登ったといわれる。当寺は、横峰寺とともに山頂の天狗岳に存在する石鉄権現の別当寺にあたり、東側の遥拝所でもあった。

江戸時代には西条藩主である松平家の信仰も集め松平氏は東照宮をまつり、三葉葵の寺紋を許した。本寺は里前神寺と称されることもあるが、これは海抜1500mあたりにある前神寺の出張所を奥前神寺と呼び区分するためでもある。石鎚山の別当寺であったものの、明治の神仏分離令により廃寺、1878年(明治11年)に再興されて現在に至る。

惣門をくぐって参道を進むと右手に手水場、鐘楼が左手に庫裏・納経所がある。右に折れると左に大師堂、穴薬師が右には金毘羅堂、修行大師像、十三仏像が並び、小さい川を渡って奥に進むと右に稲荷社、弁財天、不動明王像、護摩堂、薬師堂があって、最も奥に本堂が建つ。本堂右の丘に石鉄権現堂がある。参道の鬱蒼とした杉・桧の木立や古い灯篭が何基も立ち並ぶ境内には、老樹が生い茂り、深山幽谷の佇まいを見せている。

お滝不動 大師堂右の石段を登った場所にあり、滝打修行が行われていた。現在は水量も乏しく、1円玉を投げて滝下の岩肌に張り付くとご利益があるといわれる。



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四国八十八箇所霊場の第六十三番札所 吉祥寺

吉祥寺(きちじょうじ)は、愛媛県西条市にある真言宗東寺派の寺院である。密教山(みっきょうざん)、胎蔵院(たいぞういん)と号す。本尊は毘沙門天。四国八十八箇所霊場の第六十三番札所。本尊が毘沙門天であるのは八十八箇所では本寺のみ。

本尊真言:おん べいしら まんだや そわか

ご詠歌:身のうちの 悪しき悲報を 打ち捨てて みな吉祥を 望み祈れよ

寺伝によれば弘仁年間(810年-823年)に空海(弘法大師)が光を放つ檜から毘沙門天・吉祥天・善賦師童子を刻み、安置したのが起源といわれる。

当初は坂元山にあったが、豊臣秀吉の四国征伐の際に焼失。万治2年(1659年)に現在地に移転、再建された。

木造毘沙門天立像(秘仏で60年に一回開帳される。次回は、2037年予定)
マリア観音像(長宗我部元親が救出したスペイン船長より託されたとされる)
成就石(本堂付近から目を閉じて杖を持って石が置いてある場所まで歩いて行き、石に開いてある穴(直径約30cm)に杖を突き通すと願いが叶うといわれている)


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四国八十八箇所霊場の第六十二番札所 宝寿寺

宝寿寺(ほうじゅじ)は、愛媛県西条市小松町にある高野山真言宗の寺院。天養山(てんようざん)、観音院(かんおんいん)と号す。本尊は十一面観世音菩薩。四国八十八箇所霊場の第六十二番札所。

本尊真言:おん まか きゃろにきゃ そわか

ご詠歌:さみだれの あとに出でたる 玉の井は 白坪なるや 一の宮川

寺伝によれば聖武天皇の勅願によって天平年間(729年〜748年)に、道慈律師によって建立され金剛宝寺と名付けられた。大同年間(806年〜810年)に空海(弘法大師)が逗留し光明皇后を模写した十一面観世音菩薩像を刻んで本尊とし、現在の寺名に改めたという。

天正13年(1585年)豊臣秀吉の戦禍によって荒廃。寛永13年(1636年)宥伝上人によって現在地付近に移されて再興。

明治初期の廃仏毀釈によって廃寺となった。大石龍遍上人によって明治10年(1877年)に再興された。大正10年(1921年)予讃線工事に伴い現在の地に移転した。

山門をくぐって狭い境内に入ると右手に手水場、稲荷社が、左に真念の道標、庫裏・納経所がある。その先の右手に大師堂が、その奥に本堂が建っている。


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四国八十八箇所霊場の第六十一番札所 香園寺

香園寺(こうおんじ)は、愛媛県西条市(旧周桑郡小松町)にある真言宗系の単立寺院(元御室派の寺院)。山号は栴檀山(せんだんさん)。院号は教王院(きょうおういん)。本尊は大日如来。四国八十八箇所霊場の第六十一番札所であり、子安大師の寺として親しまれている。

本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん

ご詠歌:後の世を 思へば詣れ 香園寺 止めて止まらぬ 白瀧の水

寺伝によれば、用明天皇の病気平癒を祈願して聖徳太子が建立したという。天平年間(729年〜749年)には行基が巡錫、大同年間には空海が本寺で護摩修法をしたとされる。

実際の創建年は不詳である。天正年間(1573年〜1592年)兵火に遭って焼失したが、江戸時代に入り小松藩主一柳氏の帰依を得て寛永年間(1624年〜1644年)に再興されている。また古くは、高加神社の別当寺であったとされる。

山門を入って参道を進むと左側に手水場が、右に鐘楼があり正面に本堂と大師堂を兼ねた大聖堂が建っている。大聖堂の右側に聖徳太子堂、子安大師堂が、左に庫裏・宿坊・納経所がある

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四国八十八箇所霊場の第六十番札所 横峰寺

横峰寺(よこみねじ)は、愛媛県西条市小松町にある真言宗御室派の寺院。石鈇山(いしづちざん)、福智院(ふくちいん)と号す。本尊は大日如来。四国八十八箇所霊場の第六十番札所。

本尊真言:おん あびらうんけん ばざらだどばん

ご詠歌:縦横に 峰や山辺に 寺建てて あまねく人を 救うものかな

寺伝によれば役行者(役小角)が石鎚山頂で修行をしていたところ、蔵王権現が現れたのでその姿を石楠花の木に刻んで堂に安置したという。その後行基が天平年間(729年〜748年)に、空海(弘法大師)が大同年間(806年〜810年)に入山したと伝え、空海が入山した際に大日如来を刻み、これを本尊としたという。

明治初年に廃仏毀釈によって廃寺となり、明治42年(1909年)に再興される。

星ヶ森
伝承によれば役行者が蔵王権現を感得し、弘法大師が星共の密行をしたという。「かねの鳥居」が建ち、石鎚山を遥拝できる。

山門を入り参道を進むと右に手水場があり、左に行くと庫裏・客殿・納経所が、右に行くと正面に鐘楼・星供大師があって、その右に本堂が建つ。本堂の向かいの参道を進み石段を下ると大師堂が、その右に聖天堂がある


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四国八十八箇所霊場の第五十九番札所 伊予国分寺

伊予国分寺(いよこくぶんじ)は、愛媛県今治市国分に位置する真言律宗の寺院。金光山(こんごうざん)、最勝院(さいしょういん)と号す。本尊は薬師瑠璃光如来(薬師如来)。四国八十八箇所霊場の第五十九番札所。札所寺院としては、単に「国分寺」と称するのが通例である。

本尊真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか

ご詠歌:守護のため 建ててあがむる 国分寺 いよいよ恵む 薬師なりけり

天平13年(741年)、聖武天皇が発した国分寺建立の詔によって建立された諸国国分寺の一つである。寺伝では聖武天皇の勅願により行基が開創し、後に空海(弘法大師)が長期にわたって逗留し五大明王像を残したとされる。

史実としては、具体的な創建年は定かでないが、『続日本紀』には天平勝宝8年(756年)、伊予国を含む26か国の国分寺に仏具等を下賜したとの記載があり、この頃には完成していたものと思われる。

長宗我部元親の侵攻の際に焼き討ちにあって荒廃したが、後に再興される。焼き討ちの際に焼失を免れた多くの古文書によって律令制衰退後に国分寺の多くが荒廃していく中で同寺が伊予における仏教信仰の中心地として曲がりなりにも維持されてきたことが明らかになっている。

現在の境内は伊予国府のあった所とされ、かつての境内は東へやや離れた位置にあったとされる。寺の東方100メートルほどのところに塔の礎石が残されており、かつての国分寺東塔跡と認められている。

数段の石段を上って石柱門を入ると境内である。すぐ左に手水場があり、右には薬師如来の薬壺、握手修行大師像があり、正面に本堂が建つ。本堂の右側に大師堂があり、左に書院、納経所がある

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四国八十八箇所霊場の第五十八番札所 仙遊寺

仙遊寺(せんゆうじ)は、愛媛県今治市玉川町にある高野山真言宗の寺院。作礼山(されいざん)、千光院(せんこういん)と号す。本尊は千手観世音菩薩。四国八十八箇所霊場の第五十八番札所。

本尊真言:おん ばさら たらま きりく

ご詠歌:立ち寄りて 佐礼の堂に 休みつつ 六字を唱え 経を読むべし

天智天皇の勅願によって伊予の大守越智守興が堂宇を建立した。本尊の千手観世音菩薩は海から上がってきた竜女が一刀三礼して彫ったという言い伝えがある。また、40年にわたって伽藍を整備した阿坊仙人という僧が本寺に暮らしていたが養老2年(718年)に突然姿を消してしまったことが寺名の由来になっているという。空海(弘法大師)が本寺に逗留して修法を行った折には、伽藍を復興し井戸を掘ったとされる。

江戸時代に荒廃してしまったが、明治初期に宥蓮上人が再興した。


山門をくぐって石段を上ると弘法大師が錫杖で掘ったと伝えられる井戸がある。さらに参道を進むと右側に鐘楼、左に大師堂があり、その先に本堂が建つ。本堂の先に納経所、千体仏がある。


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四国八十八箇所霊場の第五十七番札所 栄福寺

栄福寺(えいふくじ)は、愛媛県今治市玉川町にある高野山真言宗の寺院。府頭山(ふとうざん)、無量寿院(むりょうじゅいん)と号す。本尊は阿弥陀如来。四国八十八箇所霊場の第五十七番札所。

本尊真言:おん あみりた ていせい からうん

ご詠歌:この世には 弓矢を守る 八幡なり 来世は人を 救う弥陀仏

寺伝によれば、嵯峨天皇の勅願によって空海(弘法大師)が弘仁年間(810年〜824年)に海難防止を祈願して開基したと言われている。後に行教上人が山頂に神仏混合の岩清水八幡宮を創建した。

明治初年に神仏分離令によって現在地に移された

八幡宮への上り口付近から右に入って行く。山門はなく右手に鐘楼があって参道奥に本堂がある。本堂右手に大師堂、その右に薬師堂、金毘羅堂、庫裏・納経所がある。

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四国八十八箇所霊場の第五十六番札所 泰山寺

泰山寺(たいさんじ)は、愛媛県今治市小泉にある真言宗醍醐派の寺院。金輪山(きんりんざん)勅王院(ちょくおういん)と号す。本尊は地蔵菩薩。四国八十八箇所霊場の第五十六番札所。

本尊真言:おん かかかび さんまえい そわか

ご詠歌:みな人の 詣りてやがて 泰山寺 来世の引導 たのみ置きつつ

寺伝によれば弘仁6年(815年)に空海(弘法大師)が梅雨期に当地を訪れた際に、蒼社川が氾濫していたが、村に伝えられる悪霊の祟りと考えられていた。空海は村人に堤防を築かせ、完成後に河原で土砂加持の秘法を行った。そのとき満願日に空中に延命地蔵菩薩が現われた。そこで空海は地蔵菩薩像を刻み、堂宇を建て本尊として安置したという。泰山寺の名は延命地蔵経中の「女人泰産」からとったものである。一説には道教の五岳の一つである東岳泰山からの引用ともいわれる。

天長元年(824年)には淳和天皇の勅願所となり、七堂伽藍を備え10坊を持つ規模となったものの数度のの兵火により衰退し、金輪山の山上より麓の現在の場所へ移築された。

今治市郊外の田園の中、石垣に囲まれた高台にあり、2000年に改修された白い漆喰塀が美しい。数段の石段を上ると石柱門が立ち境内に入る。右手に鐘楼、正面に本堂が建ち、その右に本坊・納経所、大師堂が並んでいる。本堂の左に不動明王、弁財天、千体仏がある。

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